「手に職オンナ」対談!

   

「手に職オンナ」が本音を語る!

大河原光子(時間マネジメントコーチ/ Office Mittwin代表) ×西谷裕子(ペディリスト/ 株式会社ペディキュール代表)

第4回 「自分を幸せにできるのは、自分だけなんです。」

2019年7月1日

大河原光子(時間マネジメントコーチ/ Office Mittwin代表)とペディキュール代表西谷裕子

対談ゲストは大河原光子さん、通称「ミッツィン」!今回はまず文末のプロフィールから読んでみるのをおすすめします。誰もが「壮絶な人生…」と驚いてしまう彼女のこれまで。でもお話するとまるで太陽のような雰囲気と、思わず引き込まれてしまう話術。その明るさとバイタリティはどこから来るの…?共に子を持つママとして「結婚出産してからの人生の過ごし方」も熱く語り合います。

写真左:大河原光子(時間マネジメントコーチ/ Office Mittwin代表) 写真右:西谷裕子(ペディキュール代表)

専業主婦からのスタート。驚くべき強運。

大河原
私は「時間マネジメントコーチ」をしています。
タスク管理のための時間管理ではないんです。「3年後どうしたい?そのために1年後どうする?」というのを「わくわくするか・しないか」で考えてもらうという講座をしています。わくわくする未来への投資の時間を一日のどこに置く?その分何を手放す?というところまで決めるんです。
女性って、特にママになると全部をやろうとするし、できちゃうんですよ。マルチタスクだから。煮物しながら学校からのお手紙を見て夫に伝えること考えつつ子供の様子をみて「宿題やりなさい」って声をかける…くらいできちゃうんですよね。
でもそれだと自分に向き合う時間もないし、やるべきことはできてるけどなんかモヤモヤするんですよ。そこにフォーカスする講座です。
いまは依頼されて講座を開催してます。マンツーマンでもやります。(依頼元は)企業もあるけど、ママサークルが結構多いですね。ママたちは「何年後かに子供が小学校に入る…その後の私って?」と考え込んじゃう人が多いです。育休中のママや復帰したてのママたち向けにプチ講座なんかもやります。
西谷
社会との接点が途絶えた焦りもあるのかもしれないですね。
例えば進化スピードの早いIT企業で育休とって元のポジションに入れるかっていったらかなり難しい。でも手に職オンナになると自分の手でやっている分、クオリティの違いはあるけど急激な進化はないから社会に復帰しやすいと思う。私は自社のスタッフにも「絶対に社会との接点を失ってはいけない」と言ってるんですよ。
大河原
私はそれで声が出なくなりましたからね。上の子が1歳になるかならないかくらいの時に。
私はつわりがひどくて仕事を辞めてしまったのね。専業主婦になって「完璧な母像」を自分で自分に押し付けようとしてた。本当は外に出て人と喋った方が向いてるのに。友達はまだまだ働いて夜遊びして…という時期だったし、それこそ社会に置いていかれた感。ある日声が出なくなってこりゃいかんと思った時に…昔、mixiってあったんですよ。
西谷
あれは昔なんだもう(笑)
大河原
昔なのよ(笑)14年前。そのmixiで「子連れOKなコーチング講座」の告知があって、それに娘を連れて一緒に行ったのがコーチングとの出会い。
そこでの自己紹介で「ママ」じゃなく「わたし」としてその場にいる、ということに自分で○をつけられたの。それまでは「私は○○ちゃんのママとして生きなければ」と勝手に思ってた。西谷さんはどうだった?
西谷
私、一回も社会との接点切ってないもん。
高度成長期が終わって専業主婦の時代も終わったとずっと言われてるのに、結婚したら仕事をやめる選択をするのが分からないなあ。
M字曲線っていうのがあるのは日本だけなんですよ。女性が普通に働ければ生涯年収は2億5000万。それがパートになった瞬間に5000万ですよ。2億円違う。1億の家が2棟立つ価値を持つ自分を捨てちゃうなんて。
大河原
妊娠してつわりがひどいのに満員電車で通ってる自分が、そういうことを考える余地がなかったし、そのアンテナすら立たなかったよね。「とにかくもうこのつらさから解放されたい」と。
―――コーチング講座に出てからは?
大河原
コーチングは2〜3年勉強しましたが、主人が入退院繰り返してたこともあって古い会社で事務のおばちゃんをやってました。
でも「やっぱり変わりたい」と思っていて。もっと働きたいけど子供もまだ小さくてモヤモヤしてた時に今度はFacebookで「バースデーマーケティングセミナー」という講座の告知を見て「何それ?」と。「ただの事務のおばちゃんなのに行っていいのかしら」と思いながらも息子を主人に預けて行って。そしたらそこで渡辺あつ子さん(ISD個性心理学マスターインストラクター)に会って、ISDを勉強することにしたんです。
勉強し始めた時にラジオでママたちの座談会みたいなのに呼ばれて。自己紹介の時にこういう勉強してますって言ったら、後でラジオのスタッフが「興味あるので今度1時間喋って下さい」と。その次には「今度4回の冠コーナーあげるんでやってください」と言われた。
―――ええっ!その時は何かの肩書きがあったわけじゃないですよね。
大河原
ないですないです、ただの勉強中。私が楽しそうだったからかな。あと聞いたことに対して端的に喋ってくれますねって言われたの。私の話を聞きたいというニーズがあるならやりますよと。
西谷
肩書きがないと働けない…という時代ではもうないですね。
大河原
事務職に応募した時も、パソコンできなかったですから。でも面接の時に「初心者程度ならできます」って言っちゃった。で、就業するまでにビジネススクールに通ってパソコンを勉強しました。それまでは本屋勤めでテンキーしか打てなかったのに(笑)
その頃は、子供たちは保育園バラバラなのでそれぞれ送って主人の病院行って仕事して、また病院行って子供たちをピックアップ、晩御飯やって洗濯してお風呂入れて…を繰り返す日々でしたね。
その時に山中真理子さんという人が時間マネジメントの講座を作ったので「何それやってみよう」と。それでいつのまにか時間マネジメントコーチになったんです。
―――手に職の方って「20代から勉強してきた」とか「何十年も続けてきました」とかですが、大河原さんはママになって何にもない状態からのスタート…。
大河原
丸腰ですよ!(笑)
交通事故にも遭ったし父も急に亡くなってるし「人間いつ死ぬかわかんないな」ってのがありましたから。あと何かの本で「すぐ決めるのと50分後に決めるのとでは答えは大して変わらない」というのを読んで、だったら常にすぐ決めようと。来たチャンスをつかめるようにすぐ決めるクセをつけました。悩むんだったらもうやめる!それでやってきたらいいことばかり起きましたね。
事故に遭ったのは福島での書店勤務時代です。
青信号渡ってたら右折してきた車にはねられて跳んだ。5分前までは記憶あるけどその瞬間の記憶がない。気がついたらCTだかMRIだかにいて、技師さんを見て「おっ、イケメン」という記憶はある(笑)その前の2時間くらい記憶がない。
青タン程度の怪我で済んだんですが、写真を見たらフロントガラスが蜘蛛巣状に割れてて、私の髪の毛がべったりついてる。生きてるのがほんと不思議って言われました。
手の平の真ん中に傷が残ってて「何かつかんだみたい」って言われるんだけど、つかんだんですよ実際。
東京で生まれて小学校から福島。東京に戻りたいと思いながらも父が亡くなって母ひとりで生活してたから、私は本屋さんに勤めて。休みが月3日しかなくてお給料は13万。だから貯金もできなかったのが、事故の保険金で東京に引っ越しができた。
―――なんという不幸中の幸い。
大河原
別に当たり屋じゃないからね(笑)私こういうのが結構あるんですよ。
ISDの資格を取りたくて、でも自分の学びにお金を出すというのも何か申し訳なくて。だから一番下のアドバイザー講座(現・初級講座)でいいやと。そしたら母が子供ためのお金2万円振り込んだつもりが間違えて20万円振り込んでくれて(笑)「送り返すね」という話の時に資格の話になって、「じゃあそれに使えば」と言われてインストラクター講座に変更したりね。
あと、福島で被災して原発もあったので損害賠償の分厚い冊子が送られてきて「うちは少額かな」と。そしたらたまたま無料の弁護士相談会があるというのを都の広報の隅で見つけたので行って聞いてみたら「違います、お宅はこれ」と言ってもう少し大きい額のページを示された。母の生活の場を確保するためのお金なので、頭金にしてマンションを買おうと。
そしたら我が家の近く、番地まで一緒のところのマンションを見つけた。子供も転校しないで済んで、母も同居できて毎日スカイツリーと富士山を眺めながらコーヒーを飲んでますよ。引き寄せてせるでしょ(笑)
―――運が強すぎる!
大河原
とりあえずやってみる、行ってみる、というのをしてきたから。だめだったら軌道修正すればいいんですよ。私がいつも言うのは「そのくらいじゃ死なないから大丈夫!」ってことです。
大河原光子(時間マネジメントコーチ/ Office Mittwin代表)

「痛さ」の先に変化が…誰かじゃなく自分に向き合う。

西谷
娘の中学の入学式の時に校長先生が「立ち止まってしまった時は自分の名前を3回繰り返しなさい」って言ったんですよ。「そうすれば自分が今までやってきたこととか、何かがわきあがってくる」って。
驚きましたね。私は結婚して姓が変わった時、新しい姓で仕事をするという選択肢がなかったんですね。辛くなった時にひとりで泣いたりしてたけど、その時に自分の名前を繰り返して「私はこれでいいんだ。この名で生まれてきて、色々なものを乗り越えてきた」と思って落ち着くということがすごくあったから。なので「私が30くらいで気が付いたことを中学で教えるのか!すごい」と。
結局、自分というものを主体にどれだけ考えられるかだなあと。
大河原
そうそう。自分が満たされてないママが誰かを満たせるか、と。自分にフォーカスしてまず自分を満たす方が優先順位高いよ、と言ってます。
自分で働いて自分軸を持っていると、夫の仕事がだめになったり離婚したくなった時に「大丈夫、私がお金出す」とか「別れる」ということができる。選択肢ができるんですよね。
西谷
選択肢が多い人生を歩むのが重要。これから先何が起きるかわからないんだから。日本の女性は他力本願的なかたちを作り上げてもいるじゃない。どうしたら変えられるのかなって。
森瑤子さんの本で、初めて職がなくなって専業主婦になって週に一度旦那から金をもらい、タンポンさえ自分で買えないって一文があって衝撃でした。
大河原
いや、あったあった。乳飲み子抱えてる頃はお茶するお金も旦那の稼ぎなのがイヤで、ブックオフで本売ったりしたな。それこそ私の講座を受けたいんだけどパパ決済が降りなくて…っていう人もいる。
西谷
消費行動って大切だよね。出産して1ヶ月くらい家にこもった後、初めて外出した時に唐突に「車停めて!」って言って自販機でジュース買ったんですけど「いやあーーお金使うって気持ちいいなーー!って(笑)
大河原
わかる!私「コンビニってこんなにワクワクする場所なんだ!」って気づいたもん。
西谷
お金を使わないっていけないよね。自分のお金でモノ買うの最高。
大河原
それを何年間もしてないママも結構いる。もちろんそれが悪いわけじゃない。でもヒマすぎて人の粗探しばかりになる人もいる。先生に向いたりとか他のお母さんに向いたりとか。
―――講座ではどういうコーチングをするんですか?
大河原
すごく先になると想像つかないけど、3年後くらいだと子供が何歳で…の想像がしやすいので「自分は3年後どうしていたい?」と。お金も世間体も関係なくどうしていたいかというのを書いてもらうと最初は全然書けないんです。自分は放置で、子供のこと旦那のこと家のことだけ見てきたから。だから「独身の時に何してる時が楽しかった?」って話を聞くと、そういえばってなったりする。
西谷
やることイコール「誰かに何かをしてあげる」ってなっちゃうのかな。
大河原
そこを自分自分!で考えるの。
例えば子育てもね、ゴールが自立だと分かってるママはそれを見越して動くけど、自分を満たすためだったりすると、頼りにされたいから何でもやってあげちゃう。
―――自立のため…。子育てにも経営者マインドみたいなものが必要かもですね。
西谷
そのマインドは、雇われの身でも必要だと思ってます。
うちの会社で働きたいのは全然いいけど、残れないという状況も起こりうる。昔すごく指名が多いセラピストがいたんですけど、結婚して夫の転勤で地方に行くとなったときに独立を勧めたら「経営のスキルがないから無理」と。なので今うちでは店長クラスにならなくても数値管理や店舗運営が分かるようにしてます。
30代40代で降って湧いたみたいに才能は開花しないから、本当に自分らしい仕事をしたいなら基礎構築をしておかないとだめなんです。
―――未来の自分を目標設定して今に落とし込むって、普通に会社勤めしてたらあんまり考えない。
大河原
仕事の時はそれやるじゃない?変わりたいなら自分に対しても敢えてやっていかないと。
―――どう変わったらいいかわからない、という人に対してのアドバイスはありますか?
大河原
自分が何が好きだったか、何に達成感を得ていたかを探していく。人のサポートをするのが好きな人、前に前に出てが好きな人。皆で何かを作り上げるのが嬉しかった人、1人で何かしたのが嬉しかった人。
好きなこと嫌いなことをひたすら書き出すとかやったほうがいい。そうしていくと自分にどんどんアンテナが立って、見える景色が絶対変わると思います。
―――日々の雑事に追われてる状態から、原点に戻って考え直す。
大河原
変わりたいんだったら肚決めて行動しないと結果は来ないですから。「でも、だって」をちょっと封印してみる。特に女の人はね。
自分に矢印を向けるのは本当にやって欲しい。自分が変わると周りも変わるから。でも痛いんですよこの作業。やらなければ痛くない。でもそれは現状維持なんです。
西谷
今ので頭の中に見てないところがいっぱい浮かびました…。
大河原
私がこの話すると、みんな何かしら思い浮かんじゃうから(笑)
内観して自分の見たくないものを見る時間が、未来への投資なんだよね。大事なのは「未来のためになってるのか」ということ。「楽するための努力」ってよく言うんだけど「未来の自分が楽するために何かしよう!」というね。
自分に矢印を向けると、己のバツなところを見なきゃいけないから大変です。
誰かへの「もっとこうなればいいのに」っていう思いは自分の課題だったりする。「もっと人の話聞いてよ」と思うなら「私ももっと人の話を聞かなきゃいけない」わけ。「柔軟性がない」って人に言いたい時は「自分も柔軟性がないところがあるのかも」って考える。痛いでしょ、この作業。
西谷
それ聞いただけで痛い…!
大河原
ほんと痛いの、自分にフォーカスするって(笑)
ペディキュール代表西谷裕子

肩書きはいらない。「わたし」があればいい。

大河原
私、アウェイが大好物なんですよ。いつも同じメンバーでランチ会とかすごい苦手で。「1人知り合いがいるからそこに入れるけど後の99%は知らない人」とか大好きです。
西谷
ミッツィンは「環境は変えないと自分は成長しない」というのを無意識に分かってるんじゃないかな。同じ場所にいるとそこの色に染まっちゃうという危機感。
―――私はアウェイが苦手なのですごくうらやましいです。飽きたなと思っていても抜け出せないんですよ。皆が理解してくれてるし楽だし、それなりの評価がもらえるから。
西谷
自分がよくつるんでる10人の平均年収が自分の年収なんですって。だから年収を高くしたいと思ったら自分よりも上の人たちの考え方とかを意識していかないと自分の位置は上がっていかない。
「わたし今のお給料でいいんです」と言う従業員もいるんだけど、今はモノの値段が高くなってる。そこで自分の年収が同じままということは、実は自分の生活水準は下がってるということ。生活水準を上げたい、保っていきたいのであれば、所得をあげていかないと。
大河原
私は「やらない?」って言われたら「やります」と言うことで、結果、普通は居られないような場所にいたりする。年収が私より全然すごい社長さんたちのコミュニティに入れてもらったりね。例えばPTAの仕事も私はどんどんやるんですよ。つながりができてネタになるから。
西谷
お金じゃないんだよね。目の前にきた仕事のチャンスを1つずつ確実にしていったら、それを誰かが評価してくれる。評価してくれなくても一生懸命やっている姿を見て他の人が心を動かしてくれたりとかね。
大河原
そういえば私、ラジオで喋る前の10年くらいは色んな講座に行ってたんだけど、肩書ないのに名刺作って配ってました。
―――それはどうやって紹介するんですか自分を。
大河原
「ミッツィンです!」って(笑)
西谷
私も同じことしてた。独立する前、西谷裕子って名前だけ書いて知り合った人に渡してました。実家の住所ですよ、今なら危険きわまりない(笑)個人にどれだけ興味を持ってもらえるかって大事だと思ったから。
大河原
肩書きがないって話をしたら「ミッツィンは歩くパワースポットだよ」って言われたから次からその名刺に「歩くパワースポット」って書いて、裏に「壺は売ってません」って書いて(笑)ただそれだけ。
―――肩書がないから「何やってる人?」ってなるのがこわくないですか。
大河原
「わたしです」って言って終わりです。その後ろに何もない。
西谷
「何やってんの?」って私もよく聞かれた。それで初めて「あれ、私は何者なんだろう?」と考えて答え始めるのがトレーニングになった気がする。普通はみんな、店の名前や会社の名前でしょ。でもこれからは会社の名前で戦えない時代だから、自分が何をやってるかってことを喋れないと。
―――それがたとえ「勉強中」でもいい。
大河原
そう。だって私、勉強中でラジオ出てますからね。「大学で心理学を勉強して何十年」とかじゃなくていいんですよ。
西谷
自分の特徴だったり魅力が現れてないと、これからは何業であっても活きない。だから何でもいいんですよ。それが自己肯定感につながっていく。
―――最後にこの対談を読んでいる人にメッセージを。自分で何かを始めたい人に。
大河原
即断即決、とにかくやってみよう。死なないから!
私も起こったことは大変だったけど、結果、ラッキーだから。「チャンスはピンチの顔してやってくる」っていうじゃないですか。
あとは自分を一番幸せにできるのは自分だけだからね。どんなに稼ぎのいい旦那さんがプレゼントくれたとしても、渇望してる人には意味がない。
西谷
渇望しててそれが原動力になって動いてるほうがよっぽど楽しいですね。
―――自分の幸せは自分でつくる!多分女の人のほうがそれを見失いがちだと思うんですよね。
西谷
なまじマルチタスクなだけにね。
大河原
「事実はひとつ、見方はふたつ」と私はよく言うんですけど、あらゆることに対してどう受け止めて活用するかなんですよね。「女だからできない」にするか「女だからできる」にするかは、自分次第だなと思います。
大河原光子(時間マネジメントコーチ/ Office Mittwin代表)とペディキュール代表西谷裕子

「どんな境遇の、どんな忙しい女性でも、もっと自分の足で歩いていける」というお二人の強い信念と思いのもと、名言続出の対談でした。話しているうちにいつのまにか「夫との接し方、伝え方」のコーチングになっていた場面も(笑)この対談を読んで自分の未来への「わくわく」を感じて頂けたら幸いです。

(ライター・近藤あゆみ)

<プロフィール>

大河原光子

会うと人生が動き出す!【時間マネジメントコーチ】
東京下町・葛飾区在住、2児の母。
小中高は、福島第一原発から16kmの田舎町で育つ。NOTヤンキーにもかかわらず、中学高校共に入学式直後に先輩から呼び出される存在感と、何を言われても平気だったメンタルで、思春期を過ごす。書店7年勤務後、未経験にも関わらず事務職に転職。就業までの2週間で、PC操作を勉強しまくり難なく事務職をこなす。この頃からやる!と決めて、そこに照準を合わせて行動する大切さを知る。が、その後の結婚、出産、育児で孤独な育児、「母はこうあるべき!」と自分自身に呪いをかけて声が出なくなる。子連れで参加出来るコーチング講座に出会いママが自分にフォーカスすることを知り、自分を取り戻す。
ワーキングマザー歴13年、2年間保育園2園掛け持ち、働きながらのPTA本部役員、読み聞かせボランティア、7年間入退院を繰り返す夫(享年42歳)などの経験を活かし、2015年、週末起業で講師業をスタート。

・中学校PTA本部役員(2年目)
・小学校卒業対策委員
・江戸川東ライオンズクラブ所属
・薬物乱用防止講師
・女性市民消火隊

【メディア出演】
TBS「好きか嫌いか言う時間」
かつしかエフエム「早く教えて!ママレーザー」
など、ラジオ8回、テレビ2回出演経験あり。

[Blog] https://ameblo.jp/mittwin/

<プロフィール>

西谷裕子

大学時代のオランダ留学をきっかけにドイツ式フットケア「フスフレーゲ」や英国式リフレクソロジーなどの資格を取得。帰国後26歳で自身のフットケアサロンをオープンし株式会社ペディキュール代表取締役となる。独自の高い技術とこだわりは他のフットケアとは一線を画す。現在はドイツ式フットケアサロン「フットブルー」3店舗を経営、2018年で創業20周年を迎えた。その他にも「足から健康を考える」「女性の自立」をテーマに精力的に活動。二児の母。

[HP] https://www.footblue.co.jp/
[Instagram] https://www.instagram.com/footblue.official/
[Facebook] https://www.facebook.com/Footblue.footcare.salon/

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